2013年9月14日土曜日

EL&P/キース・エマーソンオマージュなゲームミュージック集【1985~1991】

エマーソン,レイク&パーマー / キース・エマーソンをオマージュした、もしくは少なからず意識したのではないかと思われるゲーム・ミュージックを、全3回に渡って年代順にご紹介してゆくというニッチな企画。今回は、1985年から1991年まで。


【イントロダクション】
【1985~1991】
【1992~1999】
【2001~】


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吉田健志「チューボ」
from "テラクレスタ"
[日本物産 - ARCADE - 1985]


EL&P「Tarkus」へのオマージュともいえる5拍子の楽曲。コンポーザーの吉田健志氏は日本物産の設立当初より数多くのゲームタイトルを手がけ、同社のサウンドの顔として知られた人。数々のバンドを渡り歩き、プログレバンド在籍歴もあります。



増子司「エンディング」
from "テーカン ワールド カップ"
[テーカン - ARCADE - 1985]


テクモ(現コーエーテクモゲームス)がまだ「テーカン」を名乗っていた1985年にアーケードで発表されたサッカーゲーム「テーカン ワールド カップ」のエンディングテーマ。チャールズ・ヒューバート・パリーの聖歌「Jerusalem」のカヴァーなのだけども、このアレンジはむしろEL&Pカヴァー版の「聖地エルサレム」を意識しているのではないかと思います。BGMを手がけたのは後に「女神転生」シリーズなどを手がけられる増子司氏。



中潟憲雄「頼朝」
from "源平討魔伝"
[ナムコ - ARCADE - 1986]

最終ボス 源頼朝戦で流れるのがこの曲です。作曲者の中潟憲雄氏は80年代にアクアポリスというプログレッシヴ・ロック・バンドで活動されておりました。



中潟憲雄「最終ステージBGM」
from "超絶倫人ベラボーマン"
[ナムコ - ARCADE - 1988]

http://youtu.be/lbnzK_jNglE


中潟憲雄「Oyagi」
from "暴れん坊天狗"
[メルダック - FAMICOM - 1990]

エマーソンがEL&P以前に在籍していたバンド The Niceの、"America"あたりをオマージュしたのかなあと思うところがあります。鍵盤を弾き倒すキース・エマーソンの姿がおぼろげながら浮かんでくる…かも?



田中宏和「エンディング」
from "メトロイド(ディスクシステム版)"
[任天堂 - DISK SYSTEM -1986]

EL&P「悪の経典 第3印象」をオマージュしたのではないかと、昔から言われております。



メタルユーキ「Kartus Part.1」
from "雷牙"
[テクモ - ARCADE - 1991]

メタルユーキ氏がコンポーザーとして活動していた頃の作品。このカルタスには"Part.2"もあり、そちらはコナミが1991年に発表した「サンダークロスII」で聴くことが出来ます。



桜庭統「Hopping Express」
from "グラナダ"
[日本テレネット - X68000/MEGADRIVE - 1990/1991]



桜庭統「Cosmic Illusion」
from "ソル・フィース"
[日本テレネット - X68000/MEGADRIVE - 1990/1991]



桜庭統「Count Down」
from "緋王伝"
[日本テレネット - SUPER FAMICOM - 1992]


桜庭氏は80年代にはプログレッシヴ・ロック・バンド DEJA-VUのキーボーディストとして活動されており、テクニカルなキーボード・プログレ・サウンドを展開されておりました。ウルフチーム時代には「グラナダ」「ソルフィース」「緋王伝」などの作品でバリバリのプログレ路線を展開しております。ゲーム音楽とプログレを語る上では、避けては通れないコンポーザーの一人です。


冷牟田卓志「ステージ1」 from "クロスブレイズ"
[アイレム - ARCADE - 1991]

作曲者はアンダーカバーコップスやSUPER R-TYPE、また初期のメタルスラッグ・シリーズでも知られるHIYA!こと冷牟田卓志氏。



「Struggle to the Death (Boss Battle) 」
from "Mercury: The Prime Master"
[マキシマ - X68000/PC-98 - 1991]


松尾早人氏、岩崎琢氏、岡元清郎氏、山路敦司氏と、錚々たるコンポーザー陣で制作されております。誰がどの曲を担当したのかということは詳しくわからないのですが、恐らくこの曲は松尾早人氏によるものではないかと思われます(氏は小学生時代にタルカスを3ヶ月かけてコピーしたという逸話があるのです)。